チェロをはじめませんか?

Cello

Martin Stoβ of Vienna (1778-1838)

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1973年7月、チェロを探しにヨーロッパ各地を旅していた。
ベルリンのEMIL PRIVERICS & SOHN という店の片隅に一台のチェロが無造作に立てかけてあった。それは、指板は剥がれ、駒は無く、糸巻きも付いていないバラバラの状態だったから、当然売り物ではなかった。それは、Martin Stoss of Vienna(1778-1838)という作者の楽器だった。
その楽器を無理矢理売ってもらい、帰国後、現「ヴァイオリン工房CATS」の鈴木正男さんにオーバーホールして組み立ててもらった。
これが現在、わたしのお気に入りの楽器である。

ところで先年、映画「敬愛なるベートーヴェン」を観に行った。この映画で気になったのが、ベートーヴェンのアトリエの片隅に1台のチェロが無造作に置いてあったことである。
 Beethovenの生存は1770〜1827年。Stossは当時ウィーンで活躍していたヴァイオリン制作者だったのである。すなわち、BeethovenとStossが同時期ウィーンに住んでいたことになる。何を言いたいかというと、ベートーヴェンのウィーンのアトリエにあったチェロは、現在わたしのチェロそのものである可能性もあるということである。もしかしたらわたしのチェロをベートーヴェン自身が弾いた可能性すら否定する材料はないのである!
ベートーヴェンの5つのチェロソナタは、このチェロで初演をしたのかもしれないのだ。
そんなことを考えながらいま、ドキドキしてこのチェロを弾いてる。

A.Vigneron a Paris

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これは1963年に入手した愛用の弓である。当時わたしが使っていた楽器よりも、この弓の方が高価だった。
この弓は弦楽器には日本一詳しかった恩師小沢弘先生が太鼓判を押してくれたモノだった。
この弓にはA.Vigneronと書いてあるものの、Andre VIGNERON(1881-1924)なのかその父親のJoseph Arthur VIGNERON(1851-1905)なのかはわからない。
この弓にはA.VIGNERONの刻印があったが、すでに擦り切れて消えてしまった。なお、わたしはAndre VIGNERONの刻印を持つ弓も持っていた。両者は見たところそっくりだったが、わたしには強弓過ぎた。
わたしは、楽器よりも高価なこの弓を使っていたおかげで、随分いい勉強ができたと思っている。いい演奏には楽器より弓の方が重要だと思うのだが、なかなかいい弓には出会うことができないのが実情である。

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